カテゴリ:映画・映像( 53 )

2008年 11月 03日
菊地秀行トークライブ番外編「菊地秀行が影響を受けた怪人怪物映画」
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いつもは新宿歌舞伎町のロフトプラス1で行われる、菊地秀行トークライブ。
しかし、阿佐ヶ谷ロフトプラスAのイベント日程に穴が開いてしまったそうで、急遽菊地先生がトークライブを引き受けてくださったそうな。
もちろん、ゲストは飯野文彦先生。

上映内容は、『凸凹フランケンシュタイン』に始まり、『吸血鬼ドラキュラ』などを経てバレエ版『ドラキュラ』で締められた、ある意味新宿版のおいしいとこ取りといった感じですね。
しかも、テレビシリーズ『ショック』や、ほんの数分だけの『ブレードランナー』もあったりと、短時間ながら作品数は多め。
中でも、『フランケンシュタインの逆襲』、『吸血鬼ドラキュラ』、『ミイラの幽霊』と、ピーター・カッシングVSクリストファー・リーのデスマッチ3回戦には、血湧き肉躍ること必至。
このお二人の対決作品だけ集めても、おもしろそうですね(笑)

風邪で熱があるという体調にもかかわらず、菊地&飯野先生のトークは毎度のボケとつっこみも含めて楽しかったですねー。

写真はライブとは全く関係なく、杉並区役所の近くにあった『怪奇大作戦』で有名なSRI・科学捜査研究所…とは全く関係ない研究所。
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by cthulhu_dune | 2008-11-03 18:26 | 映画・映像
2008年 08月 25日
ドラキュラの夕べ
去る8月19日…。
石田一氏とWHDの松村氏が、“大阪からフーフーいいながら運んできた16ミリフィルムと映写機とスクリーン”で観る、ハマープロ『吸血鬼ドラキュラ』。
もちろん、オリジナル版と同じ色調、ノートリミング。
しかも、石田一氏、菊地秀行氏の解説と共に。
なんと贅沢で至福のひとときか!

というわけで、『ドラキュラの夕べ』。

デジタル処理を施された一見するときれいな画像に、意味もなく珍重されるワイドスクリーンにカットされたビデオソフト。
これらを見慣れた目には、フィルムから映し出されるその色はややもすると古くさいといわれてしまいそうなのですが、その実、色彩豊かとうたわれた本物のハマーカラーを大きなショックを伴って認識させられます。

それは本作のオープニングからいきなり、深紅のタイトルバックの立体感、棺桶にしたたる鮮血の生々しさに観ることができ、テレビで初めて観たときの第一次ショックと、DVDをプロジェクターで観たときの第二次ショックを乗算したかのような感動を覚えるほど。
ちなみに、初めてビデオソフトを入手したときは、ショックではなく歓喜なのでした。

また、ハマーレッドは独特の色とはよく言われますが、なるほど、確かにビデオに見られる朱色や、ヴィヴィッドな赤ではありません。
深みのある紅、ルビーに於いて至高の色であるピジョンブラッドとでも例えましょうか。
しかし、ハマーレッド以上に感動したのが、とてもデリケートな群青色とブルーグレー、そしてベルベット独特の光沢と質感。
紳士ピーター・カッシングの上品さはいや増し、対極にあるクリストファー・リーのつや消しの黒はさらに強調され、本作そのものの格調の高さに打ち震えんばかり。

なぁんてことに感動しつつ、思わず吹き出さざるを得ない、石田、菊地両氏の解説に耳を奪われてしまうという、もう天地が360度回転したら元に戻っているんじゃねぇかよという、なんだかわからないけどとにかく嬉々迫るひとときは、石田氏の放つ“良心的解釈”も愉快な『吸血鬼ドラキュラ』これどうなってんのよ疑問質問コーナーを合間に挟み、まさしく光陰矢のごとしの一夜なのでありました。

改めまして、両先生とスタッフの皆さんには、厚くお礼申し上げます。

そして、メインキャストと一部のメンバーは会場を移し、怒濤の朝まで爆笑トーク寝たら顔にマジックで落書きしちゃうぞへと突入したのでありました(笑)
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by cthulhu_dune | 2008-08-25 10:05 | 映画・映像
2008年 06月 27日
第599回無声映画鑑賞会
『映像は話しを水増しできるか』
~もしくはチャップリン映画は無言であるがゆえにチャップリン映画たるのか~
なぁんてお題は私が勝手に考えた冗談ですが。

今回の演目は、『チャップリンの恋のしごき』、『チャップリンの番頭』、F.W.ムルナウの『サンライズ』の3本。
チャップリン2作は桜井麻美、サンライズは澤登翠師匠の活弁。

チャップリン映画といえば自身の監督主演と相場が決まっていますが、映画デビュー当時1914年の作品である『恋のしごき』は彼の監督ではなく、『小さな放浪者』としての独特のスタイルがまだ決まり切っていません。
余談ながら、業火と悪魔に翻弄されるチャーリーの妄想シーンに、そこはかとなくメリエスを感じました。
『番頭』は『恋のしごき』より2年後の作品で、監督主演はチャップリン。
こちらは放浪者スタイルとなっていますが、少々アクというか毒が強い作品。
ことに有名な、質草として客が持ち込んだ時計を目の前で壊すシーンは、異常であるがゆえのおもしろさのため、悪意ともいえる意図を感じてしまいます。

まあそれはそれとして、時代はトーキーとなっても、サイレントにこだわりを持ち続けたチャップリンの作品は、第三者の説明が不要なまでに完成されてしまっているので、実は活弁をも寄せ付けない無声映画。
今回の2作のうち『番頭』がこれに当てはまるので、解説調が特長ともいえる桜井さんとはやはりそりが合わないのか、どうにもちぐはぐ。
話術としては見事な語り口であるものの、話芸としての押しの弱さを感じてしまうのでありますなぁ。
また、うんちくや小ネタは、チャップリン映画には逆効果かもしれません。

ムルナウの『サンライズ』は、凡庸ともいえるストーリーを冗長なまでに映像で水増しした作品。
田舎の若者が都会の女に誘惑され、邪魔になった奥さんを殺そうとするものの思いとどまるという物語にも関わらず、フィルムの大半がよりを戻した夫婦の都会遊覧紀行に割かれているという驚きの構成。
途中にあるいくつかの出来事はなんの伏線にもなっておらず、都会の女の存在意義も最初と最後だけ。
しかも、合成を駆使した映像や、『メトロポリス』もかくやと驚くほどに豪華な遊園地のセット、『ファウスト』の悪魔が出てきそうなほど大スペクタクルな嵐のシーンなど、どうにも本筋とは違うところで凝りまくっています。
田舎と都会の距離が、ちょっと路面電車で行き来できる程度というのもどうかと思うぞ。
ムルナウの作品は『ファウスト』と『ノスフェラトゥ』だけ観ておけばいいや、というのはあながち冗談ともいえないかも…。

にもかかわらず、澤登師匠の活弁は毎度ながらに見事なもので、実はこの活弁なくしては語れない作品なのかもしれません。
あと、ジャネット・ゲイナーは安達祐実に似ている(笑)
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by cthulhu_dune | 2008-06-27 13:59 | 映画・映像
2008年 06月 12日
カクガリ

『カリガリ』の間違いではありませぬ(笑)
気温も上がって湿度も上がってぼさぼさ頭もうっとうしくなってきたので、さっぱりするべく床屋に行ってきました。
で、角刈りなのですな。

そんな私の髪型の話なんておもしろおかしくもないので、先日ようやく撮影できた、ご近所のにゃんこちゃんずの写真でも。

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やたらと人なつこい、ちびにゃん(オス)。
かわいがってくれる人を覚えていて、見つけるとすっ飛んできます。

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こっちは、ちびにゃん(メス)。
ちびにゃん(オス)と兄弟だけど、今一歩のところまでしか近づいてきません。

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ちょっとふっくらした鯖の、白鯖丸。
太めの猫には、名前に『丸』を付ける習わしがあるのです…ウソ。

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いつも手の届かないところにいて、逃げないけど見向きもしない、紋次郎。
もちろん、「あっしには関わり合いのないことでござんす」の木枯らし紋次郎から。

ほかにもまだまだいますが、どいつもこいつも暗くなってからしか見かけないのですなぁ。
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by cthulhu_dune | 2008-06-12 16:43 | 映画・映像
2008年 03月 11日
破滅への叙事詩『ジークフリート』
『ニーベルンゲン』第一部、『ジークフリート』
3月6日、学士会館に於いて、弁士・澤登翠、楽士・柳下美恵

破天荒な英雄ジークフリート、無垢な姫君クリームヒルト、矮小な王グンター、尊大な女王ブリュンヒルト、老獪な将軍ハーゲン。
それぞれの思惑と運命が絡み合う、破滅への一大叙事詩。

不覚!
ラングの描いた本作は、よく知られたドラゴンに代表されるおとぎ話である以上に、実は惨憺たる運命が描かれた破滅の物語なのである。
そして、この映画でその力を遺憾なく発揮しているのは、物語でも特殊効果でのなく、純然たる映像なのである。

それとわかっていたにもかかわらず、不覚!
フィルムが巻き進められるにつれ、柳下美恵嬢のピアノも、澤登翠師の活弁も、この映像の中に融け込み吸収されてゆき、いつしか私の頭の中では映像の一部と化してしまう。
ふと我に返ったときには、劇伴はどうだ、活弁はどうだ、などと考えている余地すらなかったことに気づき、愕然とする始末。
『ジークフリート』、恐るべし。

もっとも、全くの無音でこれほどまでに魅了されるかといえば、まずあり得ないだろう。
おそらく、半時とたたないうちに睡魔に流されてしまうに違いない。

とか何とかいいつつ、今回の見所というか聞き所は、柳下美恵嬢の劇伴。
ゴットフリート・フッペルツのオリジナルスコアを、上映されるフィルムに合わせてアレンジしたもので、全編にわたって重量感たっぷりなもの。

余談ながら、ジークフリート対ドラゴンの戦いは、本作のみで語るならば全く持って理不尽なもの。
どう見ても水辺でぼんやりとひなたぼっこをしていたドラゴンを、一方的に退治するものと決めつけているとしか思えない。
この理不尽さが、ジークフリートの破滅への序曲に他ならないのではあるのだが…。
ドラゴンの造形と動きの見事さの陰で、ジークフリートはひでぇヤツだとこっそりと憤っていたりするのは内緒だ(笑)
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by cthulhu_dune | 2008-03-11 23:33 | 映画・映像
2008年 02月 23日
アラ・ナジモアの『サロメ』
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ナジモアの『サロメ』ですが、オスカー・ワイルドの原作からして一幕悲劇とはよく言ったもので、この映画も舞台一つの演劇として作られています。
なので、映画としては変化に乏しい仕上がりではありますが、エキゾチックかつ前衛的な衣装とメイクに、サイレントらしい大仰な演技も相まって、決して退屈するような作品ではありません。
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なにより、二つ収録された劇伴が、それぞれ趣を異にしてすばらしいもの。

スコア1は悲劇を強調した、管弦楽のいかにもサイレントの劇伴といったオーソドックスなイメージ。
しかし、タンゴやワルツに民族音楽などを交えて、変化に富んでいます。
個人的には、こっちの方が鑑賞していて落ち着きます。

サラウンドのスコア2は、1とは逆にややエレクトリックでもあり、オーケストラの壮大な感じ。
ビブラホンの音色が印象的な曲は、私の中では、MJQがクラシックをアレンジしたらこんな感じかな?といったところ。
もちろん、こちらの楽曲も変化に富んでいますが、ところどころに入っている効果音的なものは、ちょっと余計だったかな(笑)
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by cthulhu_dune | 2008-02-23 17:37 | 映画・映像
2008年 02月 09日
Qmxドラキュラリング到着
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Qmxのベラ・ルゴシ版ドラキュラリングが届きました。
税関で引っかかることもなく(笑)

パッケージから取り出してみた第一印象は、「きったねーなー」(笑)
赤棒のバフカスが隙間に詰まって固まっていて、見事に長年の汚れ風になっていました。
バフカスはお湯に溶けるので、台所洗剤と歯ブラシで洗ってあげればきれいになります。
洗浄したところで早速装着すれば、気分は1931年のドラキュラ城へ。
リングサイズは18号なので、人差し指にぴったんこでしたが、クレストの迫力もあるので、やたら大きく感じますねー。

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ちなみに、リングサイズの修正は可能ですが、小さくするためにはカットしなくてはなりません。
2号分ぐらいでしたら、「ピタリング」といったアタッチメントで対応できます。
カットせずにそれ以上調整するとしたら、内側にはめるリングを作ってみるのもありかな?
リングが厚くなるので装着感は悪そうですが。
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by cthulhu_dune | 2008-02-09 11:17 | 映画・映像
2008年 01月 27日
『椿姫』(1921/フランス版DVD)
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ヨーロッパからの荷物は、アメリカよりも早く届くことが多い。
というわけで、アメリカへオーダーした『サロメ』よりも早く、1921年版『椿姫』のフランス版DVDが届きました。
劇伴はオリジナルらしく、ジャズテイストのクラシック。
選曲がやや単調だけど、曲調はなかなか心地よい。
字幕は当然ながらフランス語だけど、澤登さんの活弁をみているので問題なし(笑)
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惜しむらくは画質が中の下ぐらいで、ぼけ気味で精細さに欠け、コントラストの強い部分に細かいブロックノイズがみられること。
ぼけはマスターかもしれないけど、ノイズはエンコードの圧縮だね。
テレビでの鑑賞なら我慢できるけど、プロジェクターだとちょっと厳しいかな。
まあ、2.43ユーロ(送料8.99ユーロ!笑)と安かったからPD版みたいなものでしょう。

何はともあれ、日米では流通していないんだから、これはこれで貴重なビデオソフトなのだなぁ。
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by cthulhu_dune | 2008-01-27 23:20 | 映画・映像
2008年 01月 19日
活弁 IN 楽士会座 『椿姫』
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楽士は歌う

春日に燃え上がる純愛の歌を

弁士は詩う

白雪に燃え尽きる薄命の詩を
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活弁 IN 楽士会座 『椿姫』
2008年1月18日(金) 学士会館に於いて
1921年、アメリカ作品

実は私、『椿姫』そのものの話を知るのは、今回が初めて。
貴族的な椿姫が歌うオペラのワンシーンの印象しかなかったので、悲恋の話だとは思ってもいませんでした。

身分や社会的立場から引き裂かれる愛というのは、かなりポピュラーな展開ですが、本作ではその骨格となる部分のみが、おそらく必要最小限に描かれています。
椿姫ことマルグリットと貧学生アルマンの純愛を、やたらと飾り立てたり、むやみに貶めたりしていないので、決して荒唐無稽になることもなく、観ていて鼻白むこともありません。
マルグリットの命か消えゆく、長い長いラストシーンですら、一縷の望みに手に汗を握ってしまいます。
その間の弁士・澤登師匠の一言一句の、飾り気のない華やかさと清らかさ。
幻想と怪奇にまみれた私ですら、深々と心に響き渡ることしきり。

カラードモノトーンの劇伴も叙情的で、特に静かなシーンでの、さざ波のようにささやくような楽曲には、思わず身を乗り出してしまいます。
詩的な活弁と相まって、サイレント『椿姫』が歌劇になったような雰囲気に感じられました。
ところで、ピアノの音色がちょっとチェンバロっぽく思えたんですが、そういうピアノだったのかな。

また、この1921年版のもう一つの見所は、ちょっと前衛的でアール・デコ風のセット。
オペラ座の階段脇、緩やかな曲線で作られた壁とドアから、すべてが円で構成されたマルグリットの部屋まで、古めかしくもあり、斬新でもありました。
また、マルグリットの部屋は『椿』をデフォルメした形状が多用されていましたが、澤登師匠曰く「あの円のすべてが椿なんでしょう」というのもうなずけます。
ホラーとは無縁の本作ですけど、このセットを見ただけでも、何か起こりそうな予感がしますね。

月末の無声映画鑑賞会が仕事でいけなくなってしまったので、だったらと前日の午後に思い立って足を運んでみたのですが、これは行っておいて良かった~。
次回の学士会館公演は、『ニーベルンゲン』の第一部『ジークフリート』。
これは観ずして何を観る!、
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by cthulhu_dune | 2008-01-19 09:38 | 映画・映像
2008年 01月 07日
キネマ・コラボレーション『第七天国』
キネマ・コラボレーション『第七天国』
2008年1月6日 東京芸術劇場に於いて

チムチムニー♪チムチムニー♪チムチムチェリー♪は、「メリー・ポピンズ」の煙突掃除屋さん。

時と所は変わって、1914年のフランス。
後年、東洋の果てでヒットする『上を向いて歩こう』を先取りしたかのような鼻歌を口ずさむのは、下水掃除夫のチコ。
イタリアからパリに移り住んだ彼は、貧しくともいつも上を向いて生きていく、自称すごいヤツ。
そんな彼の元へと転がり落ちてきたのは、薄幸の娘、ディアンヌ。
不誠実な姉とのいさかいから危うく落命しかけた彼女を救ったチコだったが、行きがかり上やむを得ず彼女との共同生活をする羽目になってしまう。
そんなぎくしゃくとした二人の関係も、時が経つと共に角が取れて丸くなり、いつしか惹かれあっていく二人。
チコがディアンヌとの結婚を決意したその時、第一次大戦の暗い影が忍び寄り、二人の間を引き裂いてしまった。
日増しに激しくなる戦火の中、離ればなれになりつつも、健気に愛をつなぐ二人。
しかし、神を信じ、チコの生還を信じてやまないディアンヌの元に、悲報が届いてしまうのであった…。

悲劇と喜劇を見事に織り交ぜた、1927年作のメロドラマ。
悲劇のままに終わりそうだったので、ヨーロッパの映画かなと思ったりしましたが、アメリカはFOX社のハッピーエンド。

今にも風に吹き飛ばされてしまいそうなジャネット・ゲイナーのヒロインに、ジェームス・ディーンを二回り大きくしたようなチャールズ・ファレルのナイスガイも見事ながら、彼らを取り巻く脇役たちがまた秀逸。
なんてのは名作の常套句ながら、やはり舌を巻かざるを得ない。
戦場でおいしいところをかっさらう、せせこましいラットに、パリに残されたディアンヌたちを愉快に支えるボウル(Boul)と愛車のエロイーズなどなど。
そしてこれに拍車を掛けるのが、弁士・斎藤嬢と、楽士・三沢嬢、というのもキネマ・コラボレーションの常套句か。

今回の活弁の聞き所は、悔しいけれども小粋な脇役ではなく、主役であるチコとディアンヌの掛け合い。
戦火に引き裂かれた二人が同時刻に捧げる祈りの切なさは、ただただ折り重ねるように互いの名を呼び合う、悲しみと慈しみを込めた斎藤嬢の活弁によっていや増しに増し、いやがおうにも胸を締め付けられてしまう。

そして、このロマンティックなシーンと交互に訪れる戦火に奏でられるのが、激しく重苦しい、クラシックとジャズロックの融合ともいえそうな劇伴。
三沢嬢が弾き出す、まるでダブルバスの連打にも似た強烈な重低音のビートが、ここが戦争のまっただ中であることを観客に思い知らせるのだ。

この、弁士と楽士のコントラストこそが、キネマ・コラボレーションの醍醐味。

気っ風のいい斎藤さんが紡ぎ出す、ヒロインと毒婦のコントラスト。
華奢で可憐な三沢さんが弾き出す、重厚さと軽快さのコントラスト。
お二人の和と相乗効果が生み出す、緩急自在で多彩なコントラスト。

一期一会のステージなれど、ぜひとも音源、あるいは映像として残して欲しいものですなぁ。
とまあ常套句をたたみ込んでしまったところで、キネ・コラ『第七天国』のレビュー全巻のおしまいであります~。
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by cthulhu_dune | 2008-01-07 15:29 | 映画・映像